「年俸制=残業代が出ない」は大きな誤解

「ウチの会社、年俸制なので残業代はないんです」そんなフレーズをよく聞きますが、そこにはむちゃくちゃ大きな誤解があります。年俸制を正しく運用しているケースはごくわずかで、残業代の支払いを求めることができるケースが多いです。ぜひこのページで、労働法からみた年俸制における残業代の正しい考え方をチェックしてみてください。

 

「年俸制=残業代が出ない」は大きな誤解

「年俸制だから残業代ゼロ」は広く通用してしまっていますが、労働法の観点からすると大きな間違いです。年俸制を法的に説明するなら「給与支払額を1年単位で決めている」だけ、実は核心部分はこれだけです。単に給料を1年単位で決めているだけのことで、それ以外は年俸制だからといって特別なことはありません。

 

なので、所定労働時間を超えて働いた分まで年俸額でカバーされるわけではなく、それを超えて働いた場合には会社は残業代を支払わないといけません。当然、残業代にとどまらず休日手当や深夜手当の支払いを会社に求めることもできます。

 

「年俸額に残業代が含まれる」が通らない理由

年俸額には残業代が含まれているというのは、一般論としては間違っていません。でも、それを法的にクリアするためにはある条件を満たしていないといけません。ここがいちばん大事なところなのですが、年俸額に残業代を含めるためには、残業代部分とそれ以外の賃金部分とが年俸額の中で明確に区分されていないといけません。つまり、残業代として何時間分でいくらの残業代が、年俸額に含まれているかがわかるようになっていないと、「年俸額に残業代が含まれている」という会社の主張は通りません。

 

このことはとても厳しく規制されていて、例えば年俸制の労働契約書に「残業代(時間外割増賃金)を含む」と書かれていたとしても残業代を含む年俸額だとは認められません。もう少し具体的に「年俸額に月20時間分の残業代を含む」となっていてもダメです。その残業代が「何時間分」で「いくら」なのかが明確でない限り、年俸額に残業代が含まれるという会社の主張は通りません。

 

みなし残業代が含まれていたら?

では、「何時間分でいくらの残業代か」が明記されていれば、深夜まで長時間働いても支給されるのは規定の残業代だけで、それ以上のものは支給されないかというと、そうも言い切れません。例えば、残業代含みで年俸360万円(月の支給額30万円)という契約だったとしましょう。この場合で、「月30万円のうち4万円が月20時間分の残業代」だと明らかになっていれば、「何時間分のいくら」かの条件をクリアするので、認められることになります。

 

これはみなし残業代と呼んでいて、これくらいの残業をしたことにみなして固定の残業代を支給するね、という方式です。でもだからといって、4万円で上限なく残業させることはできません。実際の残業時間で計算した残業代が月20時間4万円のみなし残業代を超えれば、超えた分の割増賃金を会社は払わないといけません。実際の残業代が10万円であれば、差額の6万円を請求できることになっています。繰り返し年俸額に含まれる残業代の「時間と金額」が明確でないとダメ」と言っているのは、このように社員がみなし残業代と実際の残業代のチェックをできる状態にするための法律のしばりです。

 

残業代が出ないケースがある

実は例外的に残業代が出ないケースがあります。それは管理監督者(わかりやすく言うと管理職)にあたる場合と、裁量労働制と呼ばれる特殊な労働契約の場合です。もし自分が該当する場合は事情が変わってくるので、そちらのチェックも必要になります。管理監督者の残業代については「管理職の残業代なしは許される?深夜・上限なし残業は違法?」のページを、裁量労働制の残業代については「裁量労働制、残業時間の上限ってない?残業代出ないのは違法?」のページで詳しく説明しています。

 

自衛手段は労働時間を記録すること

会社と闘って残業代を請求しよと決めたときに問題になってくるのが労働時間の立証です。自分が働いた労働時間を証明できないことには話になりません。年俸制を理由に残業代を払わない会社の中には、そもそも経営者が残業代が不要だと誤解していたり、わかってはいても年俸制は残業代が出ないという一般の間違った理解をうまく利用していることが多いです。その場合、労働時間の管理をしていない会社がほとんどです。最終的な裁判ともなれば、残念ながら自分の労働時間を証明しなければ負けてしまいます。手書きのメモ、パソコンの履歴、家族とのメールの履歴などでもいいので、労働時間のわかるものを残しておくことが、泣き寝入りを強いられない最大の自衛手段です。

 

【裁判事例】ピーエムコンサルタント事件(大阪地裁平成17年10月6日判決)

内容 正社員として入社後、年俸制の契約社員になった社員が時間外勤務手当と退職金を請求した事件(以下、退職金部分の記載は省略します)
争点 年棒の中で現場手当の名称で残業手当分として支給されている月額一律2万5000円がみなし残業代としてみなされるかどうか
判決 年俸額の中に残業手当が含まれているということはできないとして、会社に対し請求どおりの時間外勤務手当額(約318万円)の支払いが命じられた
会社側が負けた理由 1.時間外勤務手当額については、給与規程に現場手当に関する規定がなく、社員に対してもすべて基本給の名目で支払われており(内訳の明示がなく)現場手当の名目で支払われていなかったこと

2.会社側は、残業手当の趣旨で支払っていたとする月額2万5000円が、月50時間の残業手当に相当するものであると主張したが、そうだとすると1時間当たりの残業手当額は500円となり、現実の残業手当に見合う額とは考えがたかったこと
3.残業が会社の時間外勤務命令に基づくものではないと主張したが、勤務時間整理簿を上司が確認していることから、黙示の時間外勤務命令が存在したと見るのが妥当であること

 

まとめ

年俸制は給料の支払額を1年単位で決めているだけのこと。年俸制だから残業代がでないというのは間違った認識です。残業代を含む年俸制が認められるためには高いハードルがあり、そのほとんどが正しく運用されていないために残業代を請求できるケースが多いです。もし労働時間の管理がスルーされている場合は、後々のために労働時間を記録しておくことが自分を守る方法です。

 

余談ですが、、ちなみに年俸制は、「ねんぼうせい」ではなくて「ねんぽうせい」と読むのが正解です。意外と間違っていることが多いです。

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